鼎談「セクショナリズムから遠く離れて」

 

2016年1月6日 於:秋葉原 DMM.make AKIBA

 

根津――根津孝太(znug design 代表)

郡司――郡司典夫(中央公論新社学芸局)

久米――久米泰弘(書籍編集者)

 

 

 

> 第3回 「親切」について

 

 

第4回 「素直さ」について

 

郡司――もうひとつ、「親切」に近いキーワードに、「素直さ」というのがあると思うんです。

 

根津――大事ですね。

 

郡司――いまやその「素直さ」さえ、戦略的に自覚しなければならないのか。そこはもう少し広げられる話題なのではないかと思うんですが、いかがですか?

 

久米――もう「親切」も「素直さ」も、いきなり獲得できないんだと思う。そこはまず戦略的にならざるを得ない。

 

郡司――残念ながら、そういう時代になってしまった。

 

根津――そうですね。「素直になりなさい」と言われると、かえって素直になれないですよね。でも、コミュニケーションをとろうとしていると、結果として素直になれるのかもしれない。「わからないことをわからないと言える勇気」みたいな話をよく耳にしますが、それ以前に「知りたい!」と思うかどうかだと思うんですね。そのとき、人の話を聞こうと思ったら、素直にならざるを得ない。その場を適当にやりすごしたいならいざ知らず、相手に興味を持ったら自然と知りたいというマインドが立ち上がってくるはずです。そこで求められるのはもはや勇気ではなく、素直になること。それしかないと思います。

 

久米――うん。それはそうだけど、一方では、自分で調べもしないでいきなり訊くことに、何も抵抗を感じない人もいるわけです。それは素直さを装った怠慢でしょう。これはあるフランス料理のシェフが言っていたことですが、「シェフ、これ、どうすればいいんですか?」、「そんなこと自分で調べて、まずやってみて、わからない問題を具体化してから訊け」と。質問のクオリティが低すぎると言うんですね。そういうことをくり返していると、少しも勉強にならないし、身についていかない。

 

郡司――そこはやっぱり戦略性が必要なんですね。

 

久米――だって質問に答えるほうも、自分がしゃべっているうちに何か学べることがあるかもしれない。一方通行のコミュニケーションでは意味がないんです。まあ彼はシェフだから、これからシェフになろうとしている若者に、それなりに厳しく接するときもあるだろうし、答え甲斐のある質問を要求するのは当然だと思う。彼はその若者を育成しようと真剣になっているわけですから。

 

根津――「素直さ」というのは、イノセントとは違うんですね。素直であるということは、ただ素で何も考えていない状態ではなくて、まず「感じるマインド」を持たなければいけないし、相手のことを想像できなくてはいけない。まさに戦略性ですね。そのマインドを育てるのは、やっぱりふだんから「感じて、考えて、動くこと」だと思います。

 

郡司――訊くまえに調べるマインド、積極性ですね。それがないと素直さは生まれない。

 

根津――はい。たとえばタミヤの直営店が新橋にあるんですが、「いちばん速く走る〈ミニ四駆〉のパーツの組み合わせを教えてください」と頼んでくる子供もいるらしいんです。もちろんお店の人は「それを自分で考えて、いろいろ試して遊ぶのが〈ミニ四駆〉の楽しさなんだよ」と教えるんですが、「いや、おカネは払うんで、いちばん速いパーツを揃えて売ってください」と(笑)。思考を拒否して結果だけ欲しい。感じて考えて動くプロセスが欠落しているんです。

 

郡司――クリエイティヴィティを育てるオモチャなのに、それを扱う本人にクリエイティヴなマインドが育っていないわけですね。

 

根津――「素直さ」というのは、コミュニケーションをとるうえでの武器ではあるので、あえて安直に訊く手はあっていいと思います。でも、本当にコミュニケーションをとりたいと思ったら、さっきのシェフの話みたいに「そんなこと訊くか?」と思われた時点で、会話は成り立たない。そこは戦略的に質問を組み立てなければならないわけです。シェフにどんなふうに訊いたら、「ああ、おもしろいこと言うねえ」って思ってもらえるか、と考える。だって毎日、顔を合わせているシェフなのだから、その性格くらい、よく知っているはずでしょう。

 

郡司――クリエイティヴな話にしていくためには、戦略性をもってコミュニケーションに臨み、さらには「素直さ」をもって反応する。

 

根津――そうです。だって相手は何でも知っている師匠でしょう。そこから話を引き出すためには、質問のクオリティは重要です。もしぼくが彼と会うとしたら、できるだけ調べてからコミュニケーションに臨みます。それは最低限の礼儀だとも思うんです。ぼくと会ってくれて、話してくれて、もし彼に何か気づきがあったら、それは双方にとって得るものがあるコミュニケーションになっていくはずです。べつに彼に取り入って得しようというわけではない。よりクリエイティヴなコミュニケーションにしようと思ったら、彼専用の戦略プランを練っていったほうがうまくいくに違いありません。

 

久米――そこでは、さっき言った「善意に下支えされた思考」が発揮されなくてはならない。

 

根津――まさにそのとおり。「彼専用の戦略プラン」が悪意に下支えされた思考によるものなら、それは詐欺と同じです。そうではなくて、ぼくはその場のコミュニケーションを豊かなものにしたいわけですから、もっと言えばそのシェフを好きになりたいんですから、そこで戦略的になるのは、決して悪意的なことではないわけです。

 

久米――それは割と自然な行為だと思いますけどね。恋愛って、そういうことの連続で、言ってしまえばダマし合いでしょう。会社の上司と部下とか、行きつけの酒場の大将とか、あるいは親戚の叔父さんとか甥っ子とか、考えてみれば結構、相手によってコミュニケーションの戦略をカスタマイズしている。

 

根津――〈ゼクウ〉のデザインをしたときにうれしかったのは、オートスタッフ末広の技術責任者、中村正樹さんから「根津くんはわかってデザインしている」と言われたこと。世界でもめずらしい大型電動バイクだから、参考にできる前例がきわめて少ないんです。技術的なことや、実際に作るときのことまで、自分なりに考え尽くしてデザインしないと、「しっかり考えてから持って来い!」となる。自分なりに考え尽くして、やっとコミュニケーションの入り口に立てるんだと思います。

 

郡司――そうでしょうね。感覚的なデザインだけではプロダクトは成立しない。

 

根津――ぼくも中村さんには無理難題をお願いしたし、質問もいっぱいしましたけど、相手がやり甲斐を感じてもらえるような、積極的に応えたくなるようなコミュニケーションのクオリティを維持しようと努めたから、チームは結束して〈ゼクウ〉をつくることができたんだと思っています。相手によって戦略をカスタマイズしてこそ、コミュニケーションはよりクリエイティヴになっていったし、どんどん素直になって挑戦してくれたんですね。

 

郡司――相手が怒り出さないギリギリを狙っていく(笑)、おもしろいですね。

 

根津――「素直さ」というのは、ふだんから問題意識を持って、悩んで、感じて考えて行動して、「善意に下支えされた思考」をもって戦略を練り、コミュニケーションを求める。その先に得られるもののような気がしますね。

 

 

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